宣教150周年記念礼拝[管区事務所だより記事] / 総主事 司祭 相沢牧人

日本聖公会宣教150周年記念
<こぎ出せ、沖へ> <みんな集まれ!>



ローワン・ダグラス・ウイリアムズ カンタベリー大主教は、「軽やかに歩くということ、それが、日本聖公会が担いうる宣教の中身なのです。」と。キャサリン・ジェファーツ・ショーリ米国聖公会総裁主教は、「自分の周りの社会を、天の国へと変えていけるかどうか。日本のよき地に育った種から、どのように福音を宣べ伝えますか?」と。

9月22日に行われた夕の礼拝ではジェファーツ・ショーリ主教が、翌日の23日の記念聖餐式ではカンタベリー大主教が私たちにメッセージを語ってくれた。これらのメッセージは、宣教150年を迎えた日本聖公会が、これからさらに福音宣教へと歩みを続けていくときに、多くの示唆を与えてくれていると思う。

2006年の第56(定期)総会で「2009年に宣教150周年記念礼拝を行う」という議案が可決され、記念礼拝実行委員会が立てられてその準備が進められてきた。さらには、今年に入ってプログラム委員会が立てられ、前日の企画が考えられていった。立教大学の好意で、大学の一部を開放してくださり、そこを会場にして「みんな集まれ」とのテーマの下で、夕の礼拝を中心に、様々なプログラムが実施された。

50数件のブースが出され、教会、施設、働きのグループが、自分たちをアッピールし、理解を求め、また交わりを深めていた。日本聖公会の全教会、施設の写真、また教役者の顔写真が展示され、いながらにして北海道から沖縄までの聖公会の教会の姿を知ることができたのではないかと思う。大韓聖公会からはオモニ合唱団が参加され、チャペルでのコンサートは、立錐の余地の無いほどの状態であった。そのほかにも、東アジアの平和と聖公会の役割というテーマでのシンポジウム、カンタベリー大主教と青年たちとの交わり、学食での交流会と、前日の賑わいは予想をはるかに超えたものであった。夕の礼拝は立教大学のタッカーホールが満員となり、座れない方もあった。おそらく1400人以上の方が礼拝に参加されたのだろう。

9月23日はカトリック教会の東京カテドラル聖マリア大聖堂をお借りしての記念礼拝である。朝からボランティアが集まり、それぞれの担当に分かれ準備が進められていく。午後1時30分からの礼拝であるが、早くから人々が集まりだした。150年の記念の礼拝を“一堂に会して守ろう”との思いが満ち溢れていると感じられた。約3,000人の方々が集い、これもまた予想をはるかに超えた。海外からは、イギリス、アメリカ、オーストラリア、香港、台湾、ミャンマー、フィリピン、韓国から来日され、この記念礼拝を共にささげてくださったことも感謝である。定刻になり281名の教役者団と奉仕者のプロセッションが始まった。粛々と入堂を迎える会衆、そして389番「主イエスよ われらの礎となり」の聖歌でもって聖餐式が始まる。およそ2,850名の方が祭壇の前に進み出ての陪餐、そして子どもたちはカンタベリー大主教から一人ひとり祝福を受ける。母親に抱かれた幼児が、目を見開いてカンタベリー大主教からの祝福を見つめている姿がかわいらしい。陪餐後には458番の聖歌「神の恵みは くすしきかな」で賛美した。荘厳な礼拝の最後は412番「主を求めよ 生きよ神の民」との力強い歌の中で退堂行進が始まった。この礼拝のために選ばれた聖歌の意味深さを味わいたい。聖歌が終えてもまだ続く行進の中、子どもたちが「大波のように」の聖歌を繰り返し歌い、そのかわいらしい歌声は一人ひとりの心を和ませていた。“楽しい”アクシデントはいくつかあったが、事故も無く無事に終えることができたことはありがたいことである。

日本聖公会に属する私たちは、150年の記念の礼拝は終えたが、さらに151年、またそれ以後へと向かって歩み続ける使命が与えられていることは忘れてはならないだろう。宣教150周年記念礼拝のテーマ(こぎ出せ、沖へ)であるイエスのみ言葉(沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい-ルカ5:4)にシモンが応答した言葉(しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう)を深く理解していきたいものです。そしてそれをさらに豊かにしていくためにも、今年の5月31日に出された「日本聖公会宣教150周年記念 主教会教書」を熟読していきたいものです。


管区事務所総主事 司祭 ヨハネ 相澤 牧人

2009.10.20 | 宣教150年記念礼拝実行委員会

«  | HOME |  »

FC2Ad

日本聖公会管区事務所

管区事務所 Web site HOMEへ

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

from nskk


九条鳩



150thanniversary