2017年沖縄週間/沖縄の旅 参加のご案内

命(ぬち)どぅ宝(たから)~いのちの話をしよう~
2017年6月23日(金)~26日(月)


『人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。』(ルカ6:45b)



主の平安がありますように
 
初めに、沖縄の旅の案内を掲示して下さり、またご覧下さっている皆様に感謝いたします。
今年も沖縄の旅の案内をお送りする季節になりました。

「教会で政治の話を聞きたくない。」
そのような声を良く聞きますが、誤解しないでいただきたいのは、沖縄週間・沖縄の旅プログラムは政治的な勉強会を目的とした場では無いということです。
戦争、ことに沖縄戦で犠牲になった命、また弱く小さくされた命に心を寄せ、主の平和を共に祈って欲しいということなのです。

我が家にはまだ小さい娘がおり、慣れない子育てに四苦八苦させられています。
ぐずってなかなか昼寝をしてくれないこともよくあります。
頑張ってなんとか寝かしつけられたのに戦闘機の音でまた起きてしまうこと、外出中に戦闘機の騒音から守るために娘の耳を塞ぐこと、飛んでいる軍用機を指さしてニコニコと「ひこうき」と言うこと、夜、私達がやっと休めると思っても深夜2時でも軍用機が飛んでいて眠れないことなどもあります。

親として子どもの健やかな成長を願うこと、親である私達に安眠を求めることは沖縄で生活している以上は贅沢な願いなのでしょうか。
人を傷つけ・殺すものではなくて夢を膨らませるものを子どもに指さして欲しいと願うことは叶わないのでしょうか。
もう疲れた、もう勘弁して欲しいと言ってはだめなのでしょうか。

私達は特別な立場を持つ訳ではなく、同じ命を持ち、同じ主のもとに集う、同じ信仰を持つ者です。
隣人を傷つけ・殺すのではなく、主の創造のみ業に参与し、主が創られたすべての命を守ろうと願っている者です。

「人の口は、心からあふれ出ることを語るのである」(ルカ6:45b)。
私達一人一人の口を通して主の栄光を表すことができますように。
どうか過去・そして現在の沖縄の状況に心を寄せ、そして主が望まれる平和な未来へと歩んで行くために共に祈って参りたいと願っています。
ぜひ沖縄においで下さい。

主に在って
(日本聖公会沖縄教区委員 司祭 岩佐直人)


※2014年第61(定期)総会にて、これまでに続いて「沖縄週間」の継続が決議されました。
これは、日本聖公会の全教区・教会が沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主の平和を求めて祈ることを目的とするものです。
沖縄教区と日本聖公会正義と平和委員会は、この週間にあわせ、沖縄の歴史及び現在を学ぶ旅を行い、全国の皆さんをお誘いしています。
ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしています。
※本年は、日本聖公会人権問題担当者「人権セミナー」との合同開催となります。



沖縄週間の祈り
歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ、豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン

主催
日本聖公会 沖縄教区
日本聖公会 正義と平和委員会
日本聖公会人権問題担当者


◆詳しいご案内・参加方法はこちらをご覧ください(PDFファイルが開きます)

2017.03.23 | 正平・沖縄プロジェクト

2016年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない

命(ぬち)どぅ宝(たから)
~平和って何? わたしの平和、キリストの平和~

今年の沖縄週間・沖縄の旅は沖縄の「慰霊の日(6月23日)」の週に上記のテーマと二つの聖句を掲げて実施します。一言で「平和」と言っても、考えは多種多様であるとの前提で選定しました。政府の政策には福島の原発事故で明らかなように当該地区だけにとどまらず、国内外に多大な影響を及ぼしているものもあります。教会は聖書の教えに従った預言者的働きが強く求められています。

先日、辺野古ゲート前の座り込みで聞いた報告によると、政府は辺野古の海の埋め立てのために奄美大島をはじめ九州、瀬戸内海の17カ所を採掘場にしようとしており、各地域住民は反対協議会を作り、座り込みと連帯しているとのことです。辺野古新基地は大浦湾の珊瑚だけでなく、国内の他地域の環境をも破壊しなければ建設できないのです。「辺野古が唯一」と繰り返す政府要人の発言には、沖縄県民だけでなく全国民を分断する意図があるのではないでしょうか。珊瑚の分布に応じてきれいに色分けされた大浦湾を一望できる高台に立つと、そのことを強く感じます。

沖縄は、450年続いた琉球王朝の時代から地理的有利性・利便性によって万国津梁の精神と平和外交で東南アジア諸国、世界の国々の人々とのつながりを大切にしてきました。その先達者たちの教えを心に刻んでいる多くのウチナンチューの願いは、人と人とのつながりでつくる平和であり、「わたしにつながっていなさい」と言われたキリストの望まれる平和へと続くのではないでしょうか。辺野古ゲート前で機動隊に排除されてもなお繰り返し座り続け、また大浦湾で海上保安官からボートで体当たりされてもひるまずに抗議を続ける人々の気骨な姿に、主イエスの受難の姿が重なり、平和を追い求める勇気が与えられます。

「発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです」。南米ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領のスピーチです。世界には近隣諸国との長い間の軍事衝突に終止符を打つためにあえて軍を解体し、軍事費を教育費に充てて発展している国もあります。そのような国の指導者が国民に示すヴィジョンは「心の豊かさ」であることは明白です。現在の私達はそのような「豊かさ」に向かっているのでしょうか。

昨今の全国的な抗議集会は辺野古と高江(北部・ヘリパッド基地)の長きにわたる訴え、「安全保障関連法と新基地建設がリンクしていること」が多くの国民、特に若い世代の心に響いてきているようです。数年前から、本土からの修学旅行生や団体、個々人で辺野古と高江を訪れる方が多くなっていると聞きます。その若者たちは自分の目で見て、耳で聞いて、人々と触れ合って戻り、今度は仲間と一緒に訪れています。遠く離れた地域で辺野古と連帯しながら、若者たちを派遣しているということも耳にします。
わたしたちは今こそ、「心の豊かさ」を取り戻す時期にいるのではないでしょうか。裁判のとき、ピラトに「あなたは自分の考えで、そう言っているのですか。それとも他の者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」と問いかけた主イエスの言葉を想いつつ、辺野古と高江の地に共に立ち、全国の人たちとのつながりの中でキリストの平和の実現を願い、祈り合いましょう。

 (沖縄教区委員 司祭 高良孝太郎)


※2014年第61(定期)総会にて、これまでに続いて「沖縄週間」の継続が決議されました。
これは、日本聖公会の全教区・教会が沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主の平和を求めて祈ることを目的とするものです。
沖縄教区と日本聖公会正義と平和委員会は、この週間にあわせ、沖縄の歴史及び現在を学ぶ旅を行い、全国の皆さんをお誘いしています。ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしています。

主催
日本聖公会 沖縄教区
日本聖公会 正義と平和委員会


※ご案内、申込用紙をpdfファイルでご覧頂けます




参 加 の し お り



【“2016年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない”の続きを読む】

2016.04.01 | 正平・沖縄プロジェクト

2015年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない

- 戦後70年・沖縄戦70年 -

(ぬち)どぅ宝(たから)
~いのちより他のものを優先する社会に「否」を言う~

キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。コロサイ3:15




41年前の3月2日、沖縄教区小禄聖マタイ教会・聖マタイ幼稚園敷地の隣接側溝で下水道工事中、埋没していた不発弾(改造型機雷)が爆発、園庭で遊んでいた3歳の女の子と工事作業員を含め4人が亡くなり、34人が重軽傷を負い、家屋、建物81棟が全半壊、車輌40台が被害を受けるという大参事が起きました。このいたましい「負の遺産」を覚え続け、平和を祈念するため今年3月2日、幼稚園園内の一角に記念碑が建立されました。碑には「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と刻まれています。式典で、当時園長をされていた鬼本司祭は、「爆発直後、泥の中から小さい子供の手が動いていた。引き出そうとしたとき既に命は亡くなっていた。本当に恐ろしいことが起きた」のだと当時の状況を証言されました。
広島、長崎の原爆投下に至る終戦末期には主要都市や工業地帯が空爆を受け、そのため本土でも時々不発弾が発見され処理されています。70年前、地上戦が戦われた沖縄では戦後から復帰までに約5,500トン、復帰後は約1,785トンの不発弾が処理されましたが、今なお2,300トンの不発弾が埋没していると推定されており、完全処理には70年はかかると推測されています。この意味において戦後処理は終わっていないということができるでしょう。「鉄の暴風」の中でおよそ94,000人の無辜の住民を巻き込んで20万余の人々の命が奪われました。命からがら生き残った人々には癒えない心の傷を負わせました。未だに戦後処理が終わらないこの地に政府は、新たな軍事基地の建設を本格化させています。軍事基地がもたらす住民への被害は、環境破壊、日常的な爆音被害、軍用機の墜落事故、演習中の砲弾の破片や流れ弾の民家への飛び込み、兵士による凶悪な犯罪など、多岐にわたり県民の日常生活を脅かします。
今年の「沖縄週間/沖縄の旅」のプログラムの初日に「ひまわり」という映画の上映を組みました。1959年6月、沖縄本島中部にある石川市(現、うるま市)で嘉手納基地を飛び立ったジェット戦闘機が操縦不能となり、民家35棟をなぎ倒したあと、小学校に墜落、炎上し、死者17人(小学生11人、一般住民6人)、重軽傷者210人、全焼・半焼の校舎、民家41棟を出す大惨事が起こりました。その大惨事を伝えているのがこの「ひまわり」という映画です。しかし、軍用機による被害はその後も絶えません。2004年8月に沖縄国際大学に墜落した米軍ヘリコプター事故と同様、米軍は日本側の取材活動や捜査活動を阻止、妨害し、また事故原因を明らかにしませんでした。被害者への十分な補償もされず人の命が軽んじられ、沖縄の住民がいかに差別されているかを如実に示しています。二日目に、「沖縄の旅」の恒例のプログラムですが普天間基地と嘉手納基地を見て、映画「ひまわり」の脚本の元となった被害者や遺族の証言集をまとめた久高政治さん(当時宮森小学校5年生)の講演を行います。
三日目には辺野古に命がけで18年も新基地建設阻止の座り込みを続けている皆さんの中に入り、共に過ごし、学びの時を持ちます。現政権は積極的平和主義を進めると唱えながら軍事基地を先鋭化させ隣国を刺激し軍拡競争に拍車をかけています。美しくも恵み豊かな自然環境を破壊し、愚かな戦争へとつながる軍事基地を造る国策を糾そうとする民意を一顧だにせず、あくまでも辺野古に基地建設を強行しています。元ドイツ大統領ワイツゼッカーの言葉、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」を心に刻み、「いつか来た道」に戻らない日本でありたいものです。
 今回の旅の主題は「命どぅ宝~いのちより他のものを優先する社会に『否』を言う~」、聖句に「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい」(コロサイ3:15)と致しました。世に流されず、惑わされず、真実は何か、と神の声を聴く、そのような旅になることを願っています。多くの方々、特に、まだ参加されたことのない、また現状を知らない方々の参加をお待ちしています。
(沖縄教区委員 富本盛彦)




2015年沖縄週間/沖縄の旅 プログラム

6月20日(土)~23日(火)

今回は、「命どぅ宝 ~いのちより他のものを優先する社会に『否』を言う~」というテーマのもとプログラムを構成しています。以下、トピックを記します。

20日:集合し、沖縄教区センターへ移動し、受付。開会礼拝。映画鑑賞『ひまわり』。
分宿のため各教会へ。

21日:分宿先教会の主日礼拝に参加、午後、基地を巡りつつ、沖縄教区センターへ移動。
講演会「基地被害の実際~戦闘機墜落事故遭遇者の証言~」と質疑応答。講師-久高政治氏。夜、夕食をかねての交流会。分かち合い、平和への取り組み・行動の今後について。各自手配のホテルへ宿泊。

22日:小禄聖マタイ教会をバスで出発し、辺野古へ。新基地建設阻止のための座り込みに参加。
午後、名護聖ヨハネ教会へ移動し、分かち合い。夕方、小禄聖マタイ教会へ移動し、沖縄教区主催の夕食会に参加。那覇市内の当方手配のホテルへ。

23日:ホテルをバスで出発し、北谷諸魂教会での沖縄教区「慰霊の日」礼拝(主教会も参加)に参列。
    昼食後、13時解散。(13時30分空港行きバス出発、14時30分那覇空港着の予定)。




沖縄週間の祈り
歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ、豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン




主催
日本聖公会 沖縄教区
日本聖公会 正義と平和委員会


詳細はこちらをご覧ください。
http://www.nskk.org/province/others/2015okinawanotabi.pdf

2015.03.27 | 正平・沖縄プロジェクト

2014年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない

6月20日(金)~23日(月)

命(ぬち)どぅ宝(たから)~御心が行われますように~

「これらの小さい者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
マタイ18:14 


先日、久しぶりに「ジュゴンの見える丘」を訪れました。お天気もよく、海も美しく穏やかでした。この辺野古・大浦湾に、日米政府はV字型滑走路を造ろうとしています。世界一危険な普天間基地の負担軽減のためということです。普天間で危険にさらされている命も、辺野古・大浦湾で危険にさらされている命も、同じ重さのかけがえのない命です。私は美しい海を見つめながら、1992年リオデジャネイロで開催された環境サミットでなされた、当時12歳であったセヴァン・カリス・スズキさんの講演を思い出しておりました。「・・絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか、あなたは知らないでしょう。どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。・・もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。・・」 
それにしても、今まで沖縄において、元へ戻す方法や直す方法がわからない自然や生き物、そして人間までもが、どれほど壊され傷つけられてきたことでしょうか。

第2次世界大戦末期1945年3月26日、米軍は慶良間諸島に上陸し、続いて4月1日には沖縄本島西海岸に到達しました。日本軍は本土決戦を遅らせるために、沖縄を不沈空母化しようとしますが、島の形が変わるほどの爆撃(鉄の暴風)を受け、6月下旬、壊滅状態となり組織的な戦闘は終結します。沖縄は本土の「捨て石」とされました。その折、住民の集団自決など悲劇も生まれました。国内で唯一の住民を巻き込んでの地上戦となった沖縄戦で、米兵を含め20万人以上の死者が出ましたが、このうち沖縄の人々(民間人)の犠牲は、半数の約10万人に及びました。しかし沖縄の人々の苦難はこれで終わりません。戦後、沖縄の人々は米軍により収容所に入れられ、米軍はその間に広大な土地を接収し、基地として使い始めます。更に、自分の土地に戻った人々も銃剣とブルドーザーで強制的に土地を奪われ、米軍は基地を拡大し、遂には現在日本の国土面積の0.6%でしかない沖縄に、在日米軍施設約75%が集中するという結果になってしまいました。

1951年4月28日サンフランシスコ講和条約が締結され、日本は国際社会に復帰しますが、沖縄は米軍統治下におかれ続けます。米軍統治下におかれた沖縄には、日本の平和憲法も米国の憲法も適用されませんでした。日本の国際社会復帰と引き換えに、沖縄は米国の軍事基地とされたのです。あまりの米軍兵士の横暴と愚列な振る舞いから、1970年12月20日未明、積もり積もった住民らの不満がコザ市(現沖縄市)で爆発します。

昨年安倍政権は、4月28日を「主権回復の日」としてサンフランシスコ講和条約締結を祝い式典をしましたが、沖縄の人々にとっては、2度目の「屈辱の日」となってしまったわけです。1972年5月15日沖縄は本土復帰を果たしますが、それは平和憲法への復帰ではなく、日米地位協定・日米安保条約への復帰でありました。米軍の軍事拠点という現実は変わらぬまま、今尚騒音問題や婦女子への暴行など心痛む事件・事故が続いています。沖縄の人々の期待は、全く裏切られて今に至っています。この沖縄が置かれ続けている現実また現状を、私たちはぜひ知らなければなりません。
今回の旅では、1日目に、コザの町に立ち、いわゆる「コザ暴動」について、証言を伺い、その背後にあるものを学び、2日目には辺野古に立ち、正義と平和の実現のために私たちは何をしなければならないか、また沖縄の人々の闘いにどう連帯できるのかを考えます。

今回の旅の主題は「命どう宝~御心が行われますように」、聖句には「これらの小さい者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」(マタイ18:14)と致しました。神の御心は、いと小さき者のいのちが守られ生かされることです。しかし、沖縄の現実においては日々かけがえのないいのちが傷つけられ続けています。皆様と神の御心が実現するように、沖縄の地で祈りを深めたいと存じます。皆様の積極的な参加を、特に、まだ沖縄の旅に参加されたことのない方々の参加を、よろしくお願いいたします。
(正義と平和委員会沖縄担当 司祭アンデレ磯晴久)


※2010年第58(定期)総会にて、これまでに続いて「沖縄週間」の継続が決議されました。
これは、日本聖公会の全教区・教会が沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主の平和を求めて祈ることを目的とするものです。
沖縄教区と日本聖公会 正義と平和委員会は、この週間にあわせ、沖縄の歴史及び現在を学ぶ旅を行い、全国の皆さんをお誘いしています。ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしています。





沖縄週間の祈り
歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ、豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン



ご案内はコチラからpdfでご覧頂けます。

2014.04.09 | 正平・沖縄プロジェクト

2013年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない

6月21日(金)~24日(月)

命(ぬち)どぅ宝(たから) ~ 心で理解する ~

『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、悔い改めない。わたしは彼らをいやさない。』 
マタイ 13:14,15



2013年1月27日、東京・日比谷野外音楽堂に4,000人が集まり、オスプレイ配備撤回を求める集会が行なわれ、沖縄では新聞に1面トップ報道されましたが、全国紙では朝日と東京が1面、他社は社会面、読売は11行だったと琉球新報にありました。

沖縄県民は、本土との間に大きな温度差を感じています。大きな100個のマス目を想像してみてください。100のマス目が日本の国土です。その中のたった1マスに75%の米軍基地があるのです。残り99マスは真っ白です。国土のたった0.6%しかない沖縄県に、米軍基地の約75%を集中させ、過重な負担を負わせながら、無視、無関心、知らんふりをしているように見えます。森本敏前防衛相は、普天間移設の米軍の代替え基地建設について、「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的には沖縄が最適である」、と離任直前に語りました。日米安保は必要だとしながら、自分の所に基地は置くなという発想には、身勝手と悲しみを感じます。これは、不平等、不公平、差別です。

尖閣、竹島、北方4島などの領土問題、北朝鮮の核実験、ミサイル発射など、隣国との間に軋轢があり、危険な事態に陥る恐れがあるから、日米安保は必要との声が強く大きくなりました。中国との間で船舶の衝突、海外で日本人が襲撃など、海外での事件、事故で日本人救出には武器が必要だ、自衛隊が武器を持って戦うべきだ、という人たちも多くなりました。

安倍首相は、夏の参議院選挙後、日本国憲法、第9章第96条「憲法の改正」の項目を改憲すると述べました。その後、第2章第9条「戦争の放棄」の改憲へと進みたいようです。このままいけば、戦争をする国、人殺しの出来る国となります。戦争になれば、最初に標的となるのは基地ですが、多くの人が泣き、悲しみ、苦しむことになります。

今、問われていることは、日本は戦争が出来る国になった方が良いのか、ということです。もちろん多くの人は、「戦争は嫌だ」とお答になると思います。でも「戦争は嫌」、「人殺しは罪だ」と言いながら、「やられたらやり返すべき」だ、と思ってないでしょうか。これは、戦争の実態をテレビなどで見ていながら、「聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。」ことであり、「耳で聞くことなく、心で理解せず、悔い改めない。」ことです。キリストの十字架を無にすることです。沖縄から日米安保と本土がよく見えます。日本の現実を目で見て、耳で聞いて、心で感じて欲しいと思います。沖縄と本土にある温度差に気づいてください。自分さえ良ければ、安心、安全なら良しとする自己中心の考えが、罪です。罪が差別や偏見を生み、人々を痛み、苦しみの中に陥らせています。悔い改め、いやされるには、どうすればよいのでしょうか。共に主のみ心を問い、平和の道、救いの道を探してみませんか。
(日本聖公会沖縄教区  司祭 ダビデ 上原榮正)


※2010年第58(定期)総会にて、これまでに続いて「沖縄週間」の継続が決議されました。これは、日本聖公会の全教区・教会が沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主の平和を求めて祈ることを目的とするものです。沖縄教区と日本聖公会 正義と平和委員会は、この週間にあわせ、沖縄の歴史及び現在を学ぶ旅を行い、全国の皆さんをお誘いしています。ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしています。



沖縄週間の祈り

歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ、豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン




主催
日本聖公会 沖縄教区
日本聖公会 正義と平和委員会




ご案内はコチラからpdfでご覧頂けます。

2013.04.02 | 正平・沖縄プロジェクト

2012年沖縄週間/沖縄の旅

命(ぬち)どぅ宝(たから) ~わたしたちが頼るべきもの~
「キリストに結ばれて歩みなさい」 コロサイ2:6


幾度も思い返し心に刻みたい沖縄の言葉があります。その一つは阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんの言葉です。「平和とは人間の生命を尊ぶことです」「すべて剣をとる者は剣にて亡ぶ(聖書) 基地をもつ国は基地で亡び 核を持つ国は核で亡ぶ(歴史)」 これは、1984年に阿波根さんたちにより伊江島
に開設された、戦争の遺品と平和のためたたかった人々の足跡を紹介する「ヌチドゥタカラの家」の白い壁に記された言葉です。

 それからもう一つは沖縄県平和祈念資料館にある「展示むすびの言葉」です。一部だけ紹介します。「この なまなましい体験の前では いかなる人でも 戦争を肯定し美化することは できないはずです 戦争をおこすのは たしかに 人間です しかし それ以上に 戦争を許さない努力のできるのも 私たち 人間 ではないでしょうか」

沖縄戦は、1945年3月に始まり、90日におよぶ「鉄の暴風」は、島々の山容を変え、文化遺産のほとんどを破壊し、20数万の尊い人命を奪い去った、と言われます。この痛みと苦しみの経験から、前述のような魂がこもる数々の大切な言葉が生み出されたのだと思います。しかしながら、沖縄戦終結時から数えて67年を経たこの国の状況はいかがでしょうか。

 辺野古では、新基地建設阻止のための座り込みが15年前に開始され、海辺にテントが張られ毎日住民が通っています。少しの入れ替わりはありつつ、そこにいつもの顔が並び続けています。本来ならもう基地はいらないとの願いが速やかに聞き届けられ、すぐに解散できればよかったのですが、もはや座り込みテントの存在は日常と化しています。また、嘉手納基地で離発着訓練をする戦闘機進入路の真下には、北谷(ちゃたん)町砂辺地区があります。ここも相変わらず戦闘機が次々に、頭上間近のところを機体の腹をきらりと光らせながら、爆音を轟かせていきます。あまりの凄まじさに、そこ立っているだけでまるで脳天を叩かれたように涙が出てきます。この現実は、あの沖縄戦の痛みと苦しみからの言葉と思いを踏みにじり、あまりにも粗末にし続けているのではないでしょうか。

 私たちは、この沖縄の旅で9年間にわたり、「命どぅ宝(命こそ宝)」という言葉を冠に配したテーマを掲げてきました。今回は続く言葉として「わたしたちが頼るべきもの」を選びました。私たちはほんとうに「頼るべきもの」を見失った時代を今まさに生きているのではないでしょうか。政治も経済も毎日の生活もそして世界全体が混迷の中にあります。

聖書が示し続けていることは、主である神に頼りなさい、ということです。でも、私たちは世の偽りにごまかされ、あるいはだまされ、富、力、権力などといったものに頼り、自ら迷いの中に身を投じてしまっているのではないかと思います。

パウロは、「あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。」(コロサイ2:6-8)と述べ、私たちに「キリストに結ばれて歩みなさい」と強く命じています。厳しい言葉です。沖縄の現実を見て、真実に触れ、み言葉にしっかりと聴き、「わたしたちが頼るべきもの」を再確認する旅にしたいと思います。ぜひこのプログラムにご参加ください。


(日本聖公会正義と平和委員会 沖縄プロジェクト委員 司祭 マルコ 柴本孝夫)



※2010年第58(定期)総会にて、これまでに続いて「沖縄週間」の継続が
決議されました。
これは、日本聖公会の全教区・教会が沖縄の現実に思いを寄せ、私たち自身が主
の平和を求めて祈ることを目的とするものです。
沖縄教区と日本聖公会 正義と平和委員会は、この週間にあわせ、沖縄の歴史及
び現在を学ぶ旅を行い、全国の皆さんをお誘いしています。ぜひ、多くの方々の
ご参加をお待ちしています。





■沖縄週間の祈り

歴史と生命の主である神よ、私たちを平和の器にしてください。
嘆きと苦しみのただ中にあなたの光を、
敵意と憎しみのただ中にあなたの愛と赦しをお与えください。
私たちの出会いを通して悲しみの中に慰めを、痛みの中に癒しを、
疑いの中にあなたへの信仰を、主よ、豊かに注ぎ込んでください。
この沖縄週間を通して私たちを新たにし、
あなたの示される解放と平和への道を歩む者としてください。
私たちの主イエス・キリストのいつくしみによって、
このお祈りをお献げいたします。 アーメン





詳細はコチラをご覧ください。pdfファイルが開きます。

2012.04.09 | 正平・沖縄プロジェクト

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