被害がどの程度かを判断する事が非常に困難な状況で日本聖公会としては以下の行動をとった。
シンガポール教区組織であるACROSSの支援活動をサポートする為に$10,000を送金した。
今後の進展を見ながら長期的な復興支援を検討する事も必要である。
ACROSSを選択した理由は
ミャンマーへ送金する事が被害を受けたヤンゴンのミャンマー聖公会管区事務所で適切に対応出来るか否かが明確で無いと判断した結果、シンガポール教区の該当組織に連絡をした。ACROSS(在シンガポール聖公会災害緊急支援組織)は自然災害が発生した場合に人材・資金を調達して現地、主にアジア地位で活動する仕組みを持っている。責任者のミカエル・テイ司祭とは昨年シンガポールで開催されたCCEAの総会でお目にかかりパキスタンの地震被災者の為の聖路加国際病院の活動を説明し、共鳴した。NSKKと将来一緒に行動を起こす事ができれば素晴らしいと話した。
シンガポール教区は近隣のタイ・ベトナム・ラオス・カンボジアなどを将来に宣教地域として取り組んでおり、ミャンマー支援活動はタイの宣教拠点を中心に考えている。空路経由が無理であればタイを通して陸路でアクセスを持っている事が強みである。他の国際組織、ACT, CWS, なども考えられるが直接ミャンマーとアクセスを確保しているシンガポール教区経由の支援が一番と判断した。
資金援助に限らず人的な支援が出来れば素晴らしいと思います。
今後の進展を見ながら検討したいと考えております。
渉外主事 八幡眞也
2008.05.09
| 渉外主事
日本福音ルーテル教会・日本聖公会 合同礼拝
―『共同の宣教に召されて』出版記念―
ご案内の送付
主の御名を賛美いたします。
本年2月のローマ・カトリック教会との合同礼拝、合意文書出版に続いて、同封印刷物の通り、日本福音ルーテル教会と日本聖公会の合同礼拝が、国際的レベルで続けられてきました両教会間の対話文書の翻訳・出版を記念して行われることとなりました。
出版は近日中に予定されていますが、「共同の宣教に召されて(Call to Common Mission)」(アメリカ合衆国における聖公会とルーテル教会との協約。2002年)および『ポルヴォー共同声明(The Porvoo Common Statement)』(ヨーロッパにおける聖公会とルーテル教会の共同声明。1996年)を中心に両教会間の対話にとって大切な文書、資料を収めています。書名も『共同の宣教に召されて』となっています。
両教会が共に集う合同礼拝をお覚えくださり、またご参加いただければ幸いです。直接ご参加いただける方は、地域的に限られるかと残念に思いますが、是非この礼拝を代祷等でもお覚えくださり、ご紹介いただきたく、全教区・教会にこの案内を送らせていただきました。掲示等いただければ幸いです。
またそれぞれの地におきまして、日本福音ルーテル教会との交わりを、こうした合同礼拝や対話文書の学びを通して強めていただければ、誠に幸いに存じます。
諸教会の上に、ますます豊かな主の御祝福をお祈り申し上げます。
以 上
2008年4月15日
日本聖公会エキュメニズム委員会
担当主教 加 藤 博 道
「共同の宣教に召されて」出版記念 合同礼拝2008年5月11日(日)
○第一部(15:00-16:30)
1)聖公会の紹介 聖公会司祭 市原信太郎
2)日本福音ルーテル教会の紹介 ルーテル教会牧師 江藤直純
3)対話の意味と成果 聖公会司祭 西原廉太
○第二部(17:00-19:00)
礼拝 テーマ「共に食卓をかこむ」
司式:日本聖公会首座主教 植松誠 同エキュメニズム担当主教 加藤博道
説教:「キリストにあって一つ」ルーテル教会牧師 徳善義和
日本聖公会 聖アンデレ教会東京都港区芝公園3丁目6−18
画像をクリックするとpdfファイルが開きます。

2008.04.17
| エキュメニズム委員会
1日(火)13:00-17:00 書記局会
3日(木)17:30-19:00 聖公会/ルーテル教会合同礼拝準備会
7日(月)17:00〜8日(火)12:00 正義と平和 日韓協働プロジェクト合同会議
8日(火)13:00-17:30 主事会議
8日(火)13:00-17:00 正義と平和 憲法プロジェクト
8日(火)18:30-21:00 収益事業委員会
10日(木)18:30-21:00 宣教150年記念礼拝実行委員会
11日(金)10:00-17:00 会計監査
13日(日)19:00-22:00 青年委員会
16日(水)17:00-21:00 常議員会
21日(月)10:30〜22日(火)16:00 文書保管委員会
2008.04.04
| 会議予定
2008年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんないを
各教会・教区事務所・教務所宛に発送いたしました。
2008年沖縄週間/沖縄の旅 の日程は6月20日(金)〜23日(月)です。
ご案内はこちらからもpdfファイルでご覧になれます。
2008年沖縄週間/沖縄の旅 参加のごあんない より一部抜粋;
「メンソーレー沖縄(ウチナー)かい (いらっしゃい、おきなわへ)」
私たちは、自分の醜いところは隠し、良いところだけを見せようとする傾向にあります。
誰もが、自分のすべてをさらけだすことに躊躇(ちゅうちょ)します。これは国も自治体
も同じです。青い海に青い空、緑の野原に美しい花々、色とりどりの熱帯の魚たち、優れ
た情報システムをめぐらす高層ビル、文化的で快適な暮らしや、ゆったりした時間や平和
な世界を演出し宣伝します。でもその反面、忙しく動き回り、あくせくジタバタと生きる
ためにうごめいている姿は見せようとしません。
2月沖縄では、米軍人による女子中学生への婦女暴行、普天間基地が移設される辺野古
での酔った若い米兵の家宅侵入、PAC(パトリオットミサイルによる防衛構想)で新た
に沖縄に配置された米兵によるフィリピン人女性への暴力事件・・・と立て続けに事件・
事故が発生しています。今は国会でも取り上げられて問題になっておりますが、沖縄県民
の感情は伝わってないようです。
同様に、昨年の教科書検定意見書に対する沖縄県民の怒りは、9月の総決起大会まであ
まり知られていなかったように感じました。教科書が文部省の意図的な検定意見によって、
日本軍による集団自決への「強要」が「関与」になり、日本軍による住民虐殺も日本軍と
いう主語がなくなり、誰がやったのかわからないあいまいな文章になっています。しかし
本土のテレビや新聞を見ますと、沖縄で取り上げているようなことはほとんど報じられて
おりません。
沖縄に基地があることの根幹は、日米安保条約にあることは誰もが知っています。では
何故、その安保の負の部分、基地がある故の多くの問題、基地被害、軍車両による交通事
故、民間機との飛行事故、軍用機騒音、米軍人による多種の犯罪、摩擦などをこの小さな
沖縄に押し付けるのでしょうか。
日本政府は沖縄県民に目を向けることはありません。いつも米国の都合の良い方に、事
を運んでいきます。それは日本復帰後に起こった全ての事件・事故がどうなったか、裁判
はどうなっているかをみれば明らかです。中立の立場、正義の味方のはずの司法までが、
国の都合のよい裁判を繰り返し続けています。何故でしょう。「沖縄に来ると、日本が見え
る」という言葉があります。どうぞ、その日本が隠そうとしている部分を、自分が今まで
見ないでいた日本をのぞいて見てください。そこに、日本が今どこに向かおうとしている
のか、何を目指しているのか、将来の日本が見えてくるようです。
この聖書の言葉は生きて働いています。
「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むもの
はない。」ルカによる福音書12:2
2008.04.01
| 正義と平和委員会
主の平安
2008年1月16日(水)から19日(土)まで、北九州市小倉において外キ協(外国人登録法問題と取り組む全国キリスト者連絡協議会)全国協議会・全国集会が開かれました。日本聖公会からは管区人権担当者の濱生正直司祭、日本聖公会派遣外キ協事務局員 春日 隆司祭、神奈川県外キ連の小山俊雄兄が参加しました。
本会は日本聖公会管区・各教派の分担金、名刺広告賛助者などの献金によって運営されます。本年もそれらのお支えにより、よき会を営むことが出来ましたこと感謝いたします。
現在の日本の国情により、外国からの移動労働者、外国人居住者には身分不安定な状態にあります。
しかし、一方において多くの外国人が住んでいることも事実で、教会内も多文化・多民族化との共生は知られる通りです。
今全国集会におきまして2008年/第22回「外国人住民基本法」の制定を求める全国キリスト者1・19集会宣言を参加者と外国人登録法問題と取り組む全国キリスト者連絡協議会の名において出しました。日本聖公会も代表濱生正直司祭により賛同の意を致しました。ここにご報告申しあげ、各教会においても宣言文啓示をお願い致す次第です。ご高配をたまわるようお願いい致します。
2008年2月1日
外国人登録法問題と取り組む全国キリスト者連絡協議会
日本聖公会派遣事務局員 司祭 春日 隆
2008年/第22回
「外国人住民基本法」の制定を求める全国キリスト者1・19集会宣言2008年1月17〜18日、「外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会」(外キ協)は、第22回全国協議会を、九州・山口地域で人権センターとしての役割を担ってきた、北九州市小倉の西南韓国基督教会館(西南KCC)において開催した。「多民族社会の中の教会の役割」との主題のもと行われた全国協議会には、韓国基督教教会協議会、韓国教会在日同胞人権宣教協議会、各地外キ連および外キ協加盟各教派・団体の代表者35名が参加した。16日には、強制連行・強制労働の歴史を訪ねる現場研修を行い、強制連行が近代日本の侵略戦争・植民地主義的拡大を遂行するために行なわれたことを確認し、二度と同じ過ちを繰り返さないために歴史と真塾に向き合うことが大切であることを改めて心に刻んだ。また、強制連行の現場から聞こえてくる犠牲者たちの問いかけに耳を傾ける中、現在の在日外国人に対する差別・偏見をなくす働きが、彼ら彼女らの問いに応える道であることを確信した。
そして、今日l9日、在日大韓基督教会小倉教会において「『多民族・多文化共生社会」へのメッセージ」との主題のもと、「第22回「外国人住民基本法」の制定を求める全国キリスト者1・l9集会」を開催した。
いま日本では、「出入国管理及び難民認定法」(入管法)や「外国人登録法」(外登法)を中心に、政府による外国人管理体制の強化が、外国人をその在留資格によって分断する中で推進されている。「テロ」対策を理由に一昨年改定された入管法による入国・再入国時の指紋・顔写真登録制度が、昨年11月20日より実施された。特別永住者や外交関係者などを除いたl6歳以上の外国人に対して適用される同制度によつて、外国人に対する差別・偏見が助長されている。また、指紋を強制されることによつて、在日外国人、とくに同世代との「違い」をマイナスの形で思い知らされる高校生世代の在日外国人が受ける精神的苦痛は計り知れない。日本において、また、日本に先んじて同制度を導入した米国においても、同制度が「テロリスト」発見につながったという明白なケースはない。
また、日本政府は昨年10月に「外国人雇用状況報告制度」を義務化し、現在、「外国人IC在留カード」導入など、外登法を「抜本的」に改定し、外国人管理強化をさらに押し進めようと計画している。
現在、外国人登録をしている在日外国人は208万人を超えている。人口の15%が在日外国人という自治体もある。本来、このような状況にあって求められるのは、日本人と外国人の共生の道であり、日本政府はそのような道の整備を行う立場にある。韓国では外国人に地方選挙権を認め、昨年には「居住外国人処遇基本法」を制定している。しかし、日本政府の外国人政策は、排外主義・人種主義であり、外国人にとって日本は住みにくい社会となっている。たとえば、外国人学校に対する差別的待遇や日本の学校における同化主義教育によって、在日外国人の子どもたちの教育を受ける権利が奪われている。
私たちは、このような排外主義の一因には、歴史に真塾に向き合わない日本政府の姿勢があると考える。「戦時性的強制被害者」たちを、未だ救済せず、また、隣国の人びとと共有できるような歴史教育を実施しようとしていない。
私たちが求めているものは、排外主義・人種主義による外国人管理の強化ではなく、歴史に学びつつ、外国人を共に地域社会をつくる住民として位置づけた、多民族・多文化社会建設に欠かすことのできない法制度の整備である。私たちが提案している「外国人住民基本法」は、その具体化である。
多国籍企業の活動が象徴する経済グローバル化が進む中、国家間および国内における格差が広がり、多くの人たちが故郷を離れることを余儀なくされている。その中で、諸国家は、安全保障の名のもとに出入国の管理をはじめ、在留外国人管理の強化を進めている。私たちは、外国人の管理ではなく、一人ひとりのいのちが大切にされる社会の実現、すなわち人間の安全保障こそが、最終的には国家の安全保障にもつながるということを私たちの活動を通して、世界に訴えていきたい。
多文化・多民族化する日本社会にあって、日本の教会も多文化・多民族化し、外国籍信徒が劇的に増加している。そのような状況にある教会にあっては、教会の内外における多文化・多民族共生社会の建設という宣教における使命が、ますます重要なものとなっている。私たちは、日本社会を誰にとっても住みやすい社会に変えていく働きの中で、主と出会い、一人ひとりのうちにある主の光に照らされ、主にある平安と希望に満たされながら、その働きを推進していくものである。
〈政府および関係諸機関への要求項目〉1.政府および国会は、現在計画している「外国人IC在留カード」の導入などを含む、在日外国人管理強化を目的とした外登法の改定を中止すると共に、外登法に代えて、外国人住民の包括的な人権保障のための「外国人住民基本法」を制定すること。
2.入管法における外国人指紋・顔写真登録制度の実施を中止すること。
3.在日韓国・朝鮮人など旧植民地出身者とその子孫に対して、日本の歴史責任を明記し、民族的マイノリティとしての地位と権利を保障する「在日基本法」を制定すること。
4.国際人権法に基づく「人種差別撤廃法」を制定すると共に、政府行政機関から独立した「人権委員会」を創設すること。また「すべての移住労働者とその家族の権利保護条約」を速やかに批准すること。
5.「外国人雇用状況報告制度」を中止し、超過滞在者への在留資格付与(アムネステイ)など、入管法の抜本的改正を行うこと。
6.地方自治体は、在留資格の有無や違いにかかわらず、外国人住民の生活権を保障すると共に、外国人住民の住民自治・地方自治参画を積極的に推進すること。また、人種差別禁止条例、多民族・多文化教育指針を作成し、実施すること。
7.国会は、米国議会などの決議を誠実に受け止め、「戦時性的強制被害者問題解決促進法」「恒久平和調査局設置法」を速やかに制定すること。
8.政府は、歴史の真の清算と和解に向けて、日朝国交正常化交渉を粘り強く進め、日朝国交の実現と「泣致問題」を解決すること。
9.東アジアの和解と平和を実現し、ひいてはアジア全体や世界に対する不戦の讐いを実現するために「平和憲法」を具現化すること。
〈私たちの取り組み〉1.「外国人住民基本法」制定を求める署名運動を一層推し進める。
2.「外国人指紋」制度の中止を求める署名活動と、「私たちの一言」運動を開始する。また、入国時における指紋など生体情報の登録制度が日本・米国以外の国に波及することを懸念し、その阻止および中止を実現するために世界のキリスト教会と、情報の共有をしながら連携体制を築く。
3.教会内で外キ協活動が宣教の課題として認識・理解され協力が得られるよう、各地外キ連、諸教派組織を積極的に生かして、日・韓・在日教会ブックレットを活用しつつ、学習会・研修会などの機会を拡げていく。
4.第13回外登法問題国際シンボジウムを日本で開催すると共に、韓国教会「在日同胞苦難の現場訪問」を実施する。
5.多民族.多文化共生をめざすユース交流会やキリスト者青年現場研修プログラムを推進していく。
2008年1月19日
第22回「外国人住民基本法」の制定を求める全国キリスト者1・19集会 参加者一同
外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会こちらからpdfファイルがご覧頂けます。
http://www.nskk.org/province/others/gaikikyo0801.pdf
2008.02.28
| 外キ協
2008年2月1日に東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた、
「ともに捧げる祈りの集い」に寄せられたカンタベリー大主教様からの祝辞です。
カンタベリー大主教 ローワン・ウィリアムズからの祝辞
長きにわたって続けられてまいりました、私たち聖公会とローマ・カトリック教会の対話へのたゆまぬ努力を皆さんが祝われるこの機会にご挨拶申し上げますことは、私にとりまして大変な喜びであります。『マリア−キリストにおける恵みと希望』が日本語に訳されましたことは、このたゆまぬ努力の明らかなしるしであり、またさらなる私たちの一致と理解への価値ある貢献であります。神殿でキリストが献げられ、シメオンが御子を腕に抱いて救いを証ししたときに、マリアは驚きに満たされました。この出来事を私たちが共に思い起こしますときに、マリアと同じように、私たちもまた驚きに満たされることでありましょう。
40年にわたる私たちの国際的対話が、日本聖公会と日本のローマ・カトリック教会が共に歩み証しするこの救いと神の栄光を、より豊かに表すものとなりますよう、祈ります。
2008年2月1日
+ ローワン・カンター
■Archbishop of Canterbury's Message
Joint Celebration of the Nippon Sei Ko Kai and the Roman Catholic Church in Japan
It gives me great pleasure to send you my greetings as you celebrate our longstanding commitment to Anglican Roman Catholic dialogue. The translation of Mary: Grace and Hope in Christ into Japanese represents a tangible sign of this commitment and a valuable contribution towards our growth together in unity and understanding. As together we recall the Presentation of Christ in the Temple, may we marvel, as did Mary, at the salvation to which Simeon bore witness with her child in his arms.
I pray that our forty years of international dialogue will enable the Nippon Sei Ko Kai and the Roman Catholoc Church in Japan to give more eloquent expression to this salvation in their common life an witness, to the glory of God.
+Rowan Cantuar
2008.02.27
| エキュメニズム委員会
2日(日)19:00-22:00 正義と平和 日韓協働プロジェクト
3日(月)13:30-20:00 正義と平和 宣教協議会企画プロジェクト
4日(火)11:00-15:00 正義と平和 憲法プロジェクト
4日(火)13:00-17:00 教区制改革委員会
4日(火)14:00-16:00 神学教理委員会
4日(火)18:00-20:00 聖公会/ルーテル教会協議会
4日(火)18:30-21:00 宣教150年記念礼拝実行委員会
5日(水)14:00−17:00 聖公会/ローマカトリック合同委員会
6日(木)14:00−17:00 管区共通聖職試験委員会
10日(月)13:00-17:00 正義と平和委員会
11日(火)13:00-17:30 主事会議
13日(木)13:00-17:00 法規委員会
17日(月)13:00-18:00 礼拝委員会
2008.02.06
| 会議予定
5日(火)13:00−17:00 法規委員会
5日(火)14:00−17:00 祈祷書等検査委員会
7日(木)14:00-16:00 広報主査会
11日(月)11:00-17:00 ジェンダープロジェクト(京都教区センター)
12日(火)13:30-17:00 主事会議
14日(木)14:00-17:00 礼拝委員会
14日(木)17:00-21:00 常議員会
20日(水)18:30-21:00 年金の将来を検討する特別委員会
22日(金)11:00-12:30 渉外主査会
24日(日)19:00-22:00 青年委員会
25日(月)10:30〜26日(火)16:00 文書保管委員会
26日(火)〜28日(木) 主教会(神愛修女会他)
2008.01.22
| 会議予定
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当サイトは日本聖公会管区事務所により運営されています。
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お問い合わせ先
日本聖公会管区事務所
住所:〒162-0805 東京都新宿区矢来町65
電話:03-5228-3171 ファックス:03-5228-3175
総主事:司祭 ローレンス 三鍋裕
メールは総主事宛にお願いします。
2008.01.21
| サイトポリシー
■送付物のご案内
「ともに捧げる祈りの集い」のチラシに同封した管区からのお知らせです。
聖公会―ローマ・カトリック教会 対話開始40周年を祝って
『マリア―キリストにおける恵みと希望』出版記念
ともに捧げる祈りの集い
主催:
日本聖公会エキュメニズム委員会
日本カトリック司教協議会エキュメニズム部門
日時:
2008年2月1日(金・被献日前夕)午後6時半
場所:
東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京都文京区関口3−16−15
東京メトロ 有楽町線
江戸川橋・護国寺駅下車
司式:
植松 誠 日本聖公会首座主教
岡田武夫 大司教・日本カトリック司教協議会会長
臨席:
アルベルト・デ・カステッロ大司教 駐日教皇大使
記念説教:
高柳俊一 上智大学名誉教授 イエズス会司祭
(聖公会関係:お問い合わせは管区事務所 電話03−5228−3171)
<新刊案内>
『マリア―キリストにおける恵みと希望』
聖公会‐ローマ・カトリック教会国際委員会
聖公会‐ローマ・カトリック教会合同委員会・訳
2007年12月4日 教文館 定価(本体1,000円+税)
ご注文は聖公会出版へ
* * * * * * *
〔聖公会・ルーテル教会との対話について〕
2008年5月11日(日・聖霊降臨日)出版記念・合同礼拝場所:聖アンデレ教会(東京芝)
<出版予定>
『共同の宣教に召されて』(聖公会‐ルーテル教会対話、合意文書集)
2008年5月刊行予定<現在準備中>
日本聖公会 エキュメニズム委員会
2007/12/19
画像をクリックするとpdfファイルが開きます。
2007.12.28
| エキュメニズム委員会
■カンタベリー大主教からの クリスマス・メッセージ
新約聖書の中でもっとも変わった表現でありながら、もっとも感動的な表現の箇所の一つは、ヘブライ人への手紙第11章16節の「神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません」です。著者は神の民の歴史について語っているのです。彼らが神さまに対して忠実であり、自己満足にとどまってしまうことなく前進を続けているとき、つまり彼らが真の巡礼を続けているときには、神さまは彼らの神として知られていることに満足しておられました。この民が自らが不完全であり、まだ神さまの約束の実現への途上にあることを知っているときには、神さまはこの巡礼の民の神であることをご自身から宣言されます。私もこの10月に中東の難民キャンプを訪れました。そこでは、文字通りそして絶対的に住むべき地がないホームレスとは、そして内面的であれ外面的であれどのような力をも信じられないとは、どういうことなのかを強烈に知らされます。このようなひどい状況にあっては、人々は決して満足してとどまることなく、常に将来の希望に向かっているのです。彼らは神さまがもっとも明白に、神は共にいることを恥じない、共にいることを喜ぶと言われる民なのです。神さまはこの住むべき地を持たないホームレスと憩われるのです(at home with the homeless)。しかし同時にこのことは、神さまがホームレスや、他の色々な道でさまよっている人々とどう関わられるかを示しています。
神さまは恥じてはおられないとは、なんと妙な表現でしょう。それはあたかも、色々な事柄にもかかわらず、神さまはわれわれの仲間と見られても構わないと改めて保証されているようです。私たちのほとんどは、誰かに困惑させられる経験を持っています。子どもたちが両親に困惑させられ、両親が子どもたちに困惑させられるように。私は時として大声で話したり奇妙な振る舞いをする誰かと道を歩いていると、私はそこにいなければよかったと思うことがあります。しかし神さまは人間である仲間が、その自己満足を捨てて前進しようとすることで、困惑されることはありません。私たちは神が不完全で、混乱していて、罪深い人間という仲間を「恥と思われる」と考えるかもしれません。しかし神さまはその民が自らの混乱と罪深さを認識し、自分たちの真の足らなさと向き合うとき、彼らの神であることを喜ばれるのです。これは聖ルカ福音書のイエスのすばらしい譬えが何度も何度も示すことであり、特にファリサイ人と徴税人の譬えがそうです。
ですからクリスマスにおいて、神さまは私たちと共におられることを恥となさらないことを示されるのです。神さまは私たちの弱さの叫び、自己不信、不当な渇望をお聞きになり、私たちのさまよいと不安をご覧になります。そしてこの世の巡礼において私たちと共におられ、共に歩まれることを恥となさらないのです。神さまが私たちと共に歩むことに満足なさることによって、私たちはどのような仲間と共にいることを恥じているのかを問いかけられるのです。私たちはいとも簡単に罪深く、疑い深く、見捨てられた仲間を恥と決め付けます。しかし神さまはそのような人々と一緒に見られることを恥じてはおられないようなのです。もしも神さまがどんな人間かのグループの神と呼ばれることを恥となさるとしたら、ヘブライ人への手紙の聖句が強く示唆するように、自分たちが旅の終点に達したと思っている人たち、自分たちが完全な状態に達したと思っている人たちに、もっとも困惑されるでしょう。(コリントの信徒への手紙1の4章8節にある聖パウロの怒りと叱責の言葉と比較してください「既に大金持ちになっており!」)。そして、何故神さまがこのような人々の神となることを恥じられるのかは、明らかです。彼らはあたかも本当は神を必要としないかのように、本当は恵みと希望と赦しを必要としないかのように振る舞い、語るのです。
神さまは自分たちの足らなさを知っている仲間を愛しておられます。そして、これがクリスマスに来られ、彼らと共に立ち、彼らと共に生き、彼らのために死に、復活された理由なのです。神さまは貧しい人々を祝福される神です。単に物質的に貧しい人々だけではなく、自己満足や自己過信の「富」を持たない人々、自分たちが人間が本来あるべき姿から遠く離れていることを十二分に知っている人々を祝福される神なのです。そして、私たちはこの祝福を貧しい人々、あらゆる意味での貧しい人々、物質的に力のない人々、飢えと貧しさを通して「心が貧しく」された人々に伝えなければなりません。私たちはどのような仲間と一緒に見られることを恥じているのかを正直に自分に問うてみましょう、そして、神がどこにおられるのかを尋ねてみましょう。もし神さまが自分たちの弱さ、貧しさを知っている人々の誤り多く壊れやすい世界を抱きしめてくださったとしたら、私たちもそのお方とそこにいなければなりません。
クリスマスにあたって、神さまが私たちにあらゆる祝福と喜びをお与えくださいますように。
ローワン・カンタベリー
■Archbishop of Canterbury's Christmas Message to the Anglican Communion
Posted On : December 14, 2007 11:53 AM | Posted By : Webmaster
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One of the strangest yet most moving expressions in the New Testament is a verse in the Letter to the Hebrews (11.16): God ‘is not ashamed to be called their God’. The writer is talking about the history of God’s people. When they have been faithful to God, faithful in keeping on moving onwards in faith rather than settling down in self-satisfaction, when they are true pilgrims, then God is content to be known as their God. He declares himself to be the God of pilgrims, of people who know that their lives are incomplete and that they are still journeying towards the fullness of God’s promises. Visiting refugee camps in the Middle East, as I did this October, brings home so powerfully what it is to be literally and absolutely homeless, not able to be confident in any resources, inner or outer. People in these terrible circumstances will never be complacent, they will always be looking for a future. They are in the most obvious way those whom God is not ashamed to be with, people whose God he is happy to be. He is at home with the homeless. But it is also an image of God’s relationship with all those who are homeless or wandering in other ways.
What an odd expression, to say that God is not ‘ashamed’! It’s as though we are being reassured that God, in spite of everything, doesn’t mind being seen in our company. Most of us know the experience of being embarrassed by someone we are with – children are embarrassed by parents, parents by children; I have sometimes found myself walking down the road with someone who is talking loudly or behaving oddly, and wishing I weren’t there. But God is not embarrassed by human company when that company is turning away from self-satisfaction and ready to move on. We might think that God would be ‘ashamed’ of human company that was imperfect, confused, even sinful. But God is happy to be the God of confused and sinful people when they recognise their own confusion and face the truth of their need. That’s what the great parables of Jesus in St Luke’s Gospel are so often about, especially the Pharisee and the Tax Collector.
So at Christmas, God shows that he is not ashamed to be with us. He has heard our cries of weakness and self-doubt and unhappy longing, he has seen our wanderings and anxieties, and he is not ashamed to be alongside us in this world, walking with us in our pilgrimage. And because he is content to walk with us, we are challenged about whose company we might be ashamed to share. So easily we decide that we would be ashamed to share the company of the sinful, the doubting or the outcast. But God, it seems, is not ashamed to be seen with such people. If he is ashamed to be called the God of any human group, the text from Hebrews strongly suggests that he is most ‘embarrassed’ by those who think they have arrived at the end of their journey, who think they have already attained perfection (compare St Paul’s angry and scornful words in I Corinthians 4.8 – ‘Already you have become rich!’). And it is clear why God would be ashamed to be the God of such people: they behave and speak as if they didn’t really need God, as if they didn’t really need grace and hope and forgiveness.
God loves the company of those who know their need, and that is why he comes at Christmas to stand with them, to live with them and to die and rise for them. He is the God who blesses the poor – not only those who are materially poor, but those who are without the ‘riches’ of self-satisfaction and complacency, those who know all too well how far they fall short of real and full humanity. And so we are to pass on that blessing to the poor of every sort, those who are without material resources and those who are ‘poor in spirit’ because they know their hunger and need. Let us ask ourselves honestly whose company we are ashamed to be seen in – and then ask where God would be. If he has embraced the failing and fragile world of human beings who know their needs, then we must be there with him.
May God give us every blessing and joy in the Christmas Season.
+Rowan Cantuar
Editors Note:
The Christmas Message is also available for the first time as a podcast. Details can be found here:
http://www.aco.org/acns/podcasts/Translations in Arabic, French, Korean, Portuguese and Spanish can be found here:
http://www.aco.org/acns/specials/
原文は下記のACCニュースでご覧になれます。
http://www.anglicancommunion.org/acns/news.cfm/2007/12/14/ACNS4353
2007.12.20
| 管区事務所
8日(火)13:00−17:00 正義と平和・憲法プロジェクト
9日(水)13:30−17:00 主事会議
13日(日)19:00〜14日12:00 日本聖公会青年担当者の集い(牛込聖バルナバ教会)
14日(月)13:00−18:00 青年委員会
21日(月)13:00−17:00 教区制改革委員会
21日(月)18:00−21:00 ウイリアムズ主教記念基金基金委員会(立教大学)
22日(火)14:00-17:00 法規委員会
23火(水)18:00-21:00 宣教150年記念礼拝実行委員会
24日(木)18:30-21:00 聖公会/ルーテル教会協議会分科会(ルーテル市ヶ谷)
28日(月)10:30〜29日(火)16:00 文書保管委員会
28日(月)13:00−18:00 正義と平和委員会
28日(月)19:00−21:00 正義と平和・宣教協議会
29日(火)10:00-17:00 正義と平和担当者会(牛込聖バルナバ教会)
2007.12.13
| 会議予定
■送付物のご案内
日本聖公会各教会・伝道所・礼拝堂の皆さま
主にある平安をお祈り申し上げます。
昨年の総会で「日本聖公会宣教150周年記念礼拝」の実行が決議されました。すでに実行委員会が立てられ準備を始めましたが、細かい仕事よりも皆さんと共にいろいろな困難にもかかわらず150年間に与えられたお恵みを振り返り、感謝を捧げ、新たな時代に希望を持って進んで参りたいと願っておりま す。
記念礼拝は2009年9月に予定しておりますが、準備の時を大切にいたしたいと150周年のポスターを用意いたしました。これは東京教区の信徒の方のご協力を得て作成されましたが、穏やかな心で結び合わされながらも、力強く波に向って漕ぎ出す私たちの教会を表現しています。
ポスターをお送りさせていただきます。もちろん150周年の記念が1日の記念礼拝だけで終わるわけではございません。感謝とともに振り返り、思いを新たにし、希望に満ちたときを迎える準備としてこのポスターが用いられますことを願って止みません。どうぞよろしくお願い申し上げます。
皆様のお働きの上に御祝福をお祈り申し上げます。
2007年降臨節を前に
日本聖公会管区事務所
総主事 司祭 三鍋 裕

2007.12.11
| 宣教150年記念礼拝実行委員会
■送付物のご案内
各教区正義と平和担当者に送付した文章より抜粋
主のお恵みを感謝します。 貴教区・教区会の上に聖霊のお導き豊かにありますように祈ります。
さて、松浦悟郎司教の講演「福音と平和憲法」の冊子とVTRを、皆様にお届けできることを感謝します。お手数をおかけしますが、配布をお願いします。
できるだけ多くの方々が、見て頂けるようにして下されば幸いです。私たち憲法プロジェクトは、総会の決議を信徒一人ひとりが共有できることを願って、このVTRを作成しました。また、より深い理解のために冊子をもご活用くださるようにお勧めください。
この講演録を通して、私たちの信仰と憲法についての話し合い、相互の理解が深まりますように、主のお導きを祈ります。又、教区会当日に分かち合いの時間が、少しでも与えられますよう祈っています。
皆様の上に、主の恵み豊かにありますように。主にあって。
2007年11月16日
日本聖公会正義と平和委員会
委員長 谷 昌二
憲法プロジェクト一同

■各教会へ教区事務所を経由して送付した文章
pdfファイルは
こちらから
〈VTRを見る方全員にこのお誘いをコピーしてお渡し頂ければ幸いです〉
「福音と平和憲法」講演会 VTRと冊子へのお誘い
2007年11月16日
日本聖公会正義と平和委員会 委員長 谷 昌二
憲法プロジェクト一同
教会の皆様へ
2007年9月1日 東京教区 聖アンデレ教会で、「福音と平和憲法」(講師:松浦悟郎司教)の講演会が開かれました。これは、その時のVTRです。より多くの方々が一緒に見て、私たちの日本聖公会総会の決議(下記囲み)を共有できますように願い、さらに、私たちの主イエスへの信仰に照らして、憲法について話し合い、理解を深めることができますように、主の導きを祈ります。
なお、VTRは、時間の都合で、講演会の主要な部分を載せましたが、冊子には、講演会の全容が載せられています。あわせてご活用くださいますようにお願い申し上げます。
皆様の上に、主の恵み豊かにありますように。主にあって。
わたしたち日本聖公会は、主のみ言葉に信頼して、また、「国際紛争を解決する手段として戦争を行使することは、私たちの主イエス・キリストの教えと戒めに矛盾する」という精神に基づき、憲法第9条の改憲に反対することを決議しました。 (2004年5月27日、日本聖公会第55(定期)総会) |
〈参考のために〉
日本国憲法 第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】一 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる
戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
2007.11.21
| 正義と平和委員会
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